解体@山ノ内浄水場

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京都市の名建築がまたひとつ、人知れず解体される。京都市右京区の山ノ内浄水場。京都大教授で建築家だった増田友也が設計した。御池通を西大路通から西に走って天神側通りに至る手前に左右に見えてくる、コンクリート打ちっぱなしのシャープでかっこ好い建物だ。

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実は僕は、「既存建造物を利用した都市・建築の計画手法に関する調査・研究・製作」という研修目的のため2007〜2008年にかけてスペインに滞在して、ヨーロッパの古い工場などの建物を再利用して新しい地域の公共空間とした事例を山ほど見てきた。

例えば、バルセロナ郊外のタラッサという街の、旧紡績工場(下の写真)。今は科学と工業の博物館になっています。タラッサはサッカーのスペイン代表のチャビの出身地で有名ですが、昔栄えた紡績の町としてのアイデンティティを大切にして、市役所とか美術館とかの公共建築を、こうやって古い工場を再生して使い続けているのです。

こちらは、バルセロナのシウタデリャ公園の噴水のための貯水槽、を改修して作り替えた大学の図書館。

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ロンドンのテートモダンは、旧発電所を利用した現代美術館。発電所ならではの巨大な空間を生かして、どんな作品でも展示が出来る強みとなっている。

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伝統的な建築をガンガン壊して非難ゴウゴウの中国でさえ、古い工場を転用再生して北京789芸術区という観光名所をつくったりしていて、ここに世界中からアート好きな観光客が集まっている。

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それらの事例と比べても、山ノ内浄水場は全然負けていないくらいの個性的で空間だと思う。これをコンペティションで世界中の建築家がアイデアを競って、さらに魅力的な建築に仕立ててあげれば、世界中から人が集まるような場所になるのは間違いないのになあ。 これを無償(!)で譲渡された京都学園大の関係者は、誰もこうした見識を持たなかったのか、本当に情けない話。

昨年は、京都会館の解体工事が始まりましたが、ここ数年で次々に京都の近代建築が葬り去られています。そして、その跡地に建つのは、何の魅力も無い安普請で無難な建物。。。。。

日本という国、そして京都市の文化的後進性を物語っていますね。

 

京都新聞の記事のリンク (京都市ウェブサイトから転載)

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京都新聞の記事、リンクが消えると読めなくなるので、以下に転載しておきます。

山ノ内浄水場 なぜ壊すのか説明を

文化報道部 樺山聡
天井の形が特徴的な山ノ内浄水場のろ過操作廊。ガラス張りの開放的な空間の外に洗浄水槽と沈殿池が見える(5月、京都市右京区)

半世紀近く市民生活を支えてきた公共施設が壊される。それは、大げさに言えば、時代の記憶の一部が消えるということだろう。だからこそ、施設を保存して活用せず、解体の道を選んだ場合には、その理由が丁寧に説明されるべきだと思う。解体作業が始まった京都市右京区の山ノ内浄水場では、その点が欠けており、残念でならない。

市は将来的な給水量の減少を見込んで山ノ内浄水場の廃止を決定後、跡地にどのような施設を誘致するのか話し合う検討委員会を2010年5月に作った。委員は建築やデザイン、経済学の大学研究者や経済人、住民代表の8人で、6回にわたり議論した。

「琵琶湖疏水とつながり、市民の命の源である水を作り続けた時代の証言者。広い地下空間や施設を生かし、芸術家の制作拠点や子どもたちが学ぶ『エコミュージアム』として活用すれば、国内外から集客できる京都の新たな観光施設の一つになったはず」。委員の一人で京都大の竹山聖准教授(建築学)は話す。

山ノ内浄水場は1966年に完成した。敷地計約5万8千平方メートルに4メートル以上の深さを持つ沈殿池やコンクリートを折り曲げたような天井のろ過操作廊、緩やかな曲線を描いてそびえ立つ洗浄水槽がある。ほかの委員からも活用を求める声が出された。

委員会は10年11月、市に提出した答申に「京都の近代化の一翼を担った水文化の拠点としての浄水場の記憶を継承するとともに、地下空間など既存施設の有効利用が可能な限り図られること」と記した。これを受け、市は翌月に発表した跡地活用方針で、この一文をそのまま採用した。

やがて、御池通を挟んで南側の敷地に京都学園大(亀岡市)が15年4月に2学部を開設することが決まった。既存施設の解体費用を市が負担する形で、大学に無償譲渡された。委員会の議事録や、誘致先に大学が決まる過程は市がホームページで公表していたが、誘致先が決定した後の動きについては一切触れられていない。

市は「周辺住民に大学が説明会で示しているはず」(市民協働政策推進室)とするが、有効活用の方向を示した市こそが、結果に至る過程を広く明らかにする責任があるのではないだろうか。 山ノ内浄水場は京都大教授で建築家だった増田友也(1914~81年)が設計した。市の水道施設をいくつも設計した増田は講演録で、建築とは「決して機械的な部品などではなくいつでも人間的なひとつの全体を目ざすものでなければならぬ」と語った。

実用的な機能を超えた普遍的な意味を自作に込めたに違いない。 だとすれば、浄水場としての役目を終え、建築が新たな使われ方を求めていたとも思えてくる。普段、市民の目に触れる機会が少ないためか、解体の反対運動は起きなかったようだが、だからといって「縁の下の力持ち」をひっそりと葬っていいはずがない。

[京都新聞 2013年7月17日掲載]

 

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2 コメント

  1. 三橋充弥

    たまたま浄水場の記事を拝見させていただきました。
    激しく同感です。心にささる記事(遅ればせながらですが…)ありがとうございました。
    -バルセロナの図書館メチャメチャかっこいいですね!こちらも感激。

  2. moritakazuya

    ご無沙汰しています、コメントに気づくのが遅れて失礼しました。ここ数年、京都のいい建築がどんどん壊されていくのが残念です。
    建築は地元の人たちのアイデンティティの象徴であると同時に、未来の観光資源なのに、それがどんどん失われてるんですよね。高松伸の一連の作品とか、近い将来京都の観光客の名所になるはずなんですけどね。
    たとえばバルセロナのガウディの作品のひとつ、カサバトリョは住宅なのに入場料が2500円!それでも入り口は長蛇の列ですからびっくりです。
    バルセロナの図書館、ホントにオススメですので(あまり知られてませんが)旅行でバルセロナに行く機会があればぜひ!この建物の構造設計を学生時代のガウディが手がけて落第を免れたんだそうです。

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