仏手柑@静原

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ここのところ、プロジェクトの現場はほぼ引き渡しが終わって、今は新しいプロジェクトの仕込みをしています。そうなると、どうじても静原に引きこもり気味になり、本日も静原から一歩も出ていないという状態になっております。良くない傾向。。

また、遅くなりましたが先日2/1の「御所西の町家」の内覧会とトークショーには沢山の方に来て頂き、ありがとうございました。トークショーでは、お施主さんの著書の話から、ヘッケルの系統樹へと飛び、スペインのレンガボールトの話しに行き、今回の御所西の町家の作品解説につなげるという、かなり強引ですがでも面白いのではないか、という筋道でお話をさせて頂き、その甲斐があったのか無かったのか、拙著「京都土壁案内」も無事に用意した10冊を完売、というメデタシメデタシの結末となりました。

企画者であり当日ナビゲーターをして頂いた松本崇さんには、今回の件で色々とお話をさせて頂き、色々と自分でも気がつかなかった指摘を頂いて、本当に感謝しています。(ブログにも町家を見ての感想を書いて頂きました)また、松本さんの企画をすぐに実行に移して下さった、学芸出版社の「三人娘」さんにも、感謝しております。

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写真は、昨年末にお客さんから頂いた「仏手柑」(ぶっしゅかん)。

シトロンと呼ばれる系統の柑橘類の一種だそうです。ミカンの親戚とはとても思えないような奇妙な形ですが、実はずっと昔からある北インド原産の柑橘類で、「仏陀の手」に見立てられる独特の形状と、皮から発せられるとても強い芳香から、昔から珍重されてきていたそうな。

建築の世界でも、同じ系統の素材を使っていても国や地域によって本当にいろんな形の空間や技術があるもので、その起源と伝搬についての面白さは先日のレクチャーでもお話ししたばかりなのですが、花とか野菜とかフルーツの世界も負けず劣らず面白い。

3世紀頃に一番最初にヨーロッパに伝わった柑橘類は、この「仏手柑」系統のものだったらしく、現代の地中海周辺で栽培されている食用のオレンジ類が伝わるのは1000年近く後になってかららしい。オレンジだらけの現代の地中海沿岸地域の農業は、実は大航海時代以降のものだった、というのは意外な気がする。

19世紀に中国と日本でたくさんの植物を収集した英国人プラント・ハンターのロバート・フォーチュンが持っていた、本国から送られた収集種の要望リスト(「花と木の文化史」 岩波新書)にも、「仏手柑」が書かれているのを先日偶然発見したのですが、近代ヨーロッパでも相変わらず「仏手柑」は貴重な品種だったということか。(ちなみにフォーチュンは中国の茶の苗をインドに持ち込んで、ヨーロッパにおける中国茶の独占状態に終止符を打った人物として知られている。)

せっかくの独特の香りを舌でも味わってしまおうと、ちょうど作りかけだった柚子のジャムに仏手柑の皮を刻んで入れたところ、柚子の皮の強烈な香りに混ざってほとんど解らなくなってしまった。いつか仏手柑の皮だけでジャムを作ってみたい。

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