Archives for the ‘@静原’ Category

漆喰ワークショップ@カフェミレット

6月5日の日曜日、静原のカフェミレットで2年ぶりの漆喰ワークショップをしました。当日は左官仕事にはうってつけの薄曇り。静原の初夏の緑の中、壁塗り三昧の1日を過ごしました。

既存のモルタル壁に、黄色の土で着色した漆喰を塗っていきます。右の方の薄黄色の壁は二年前のワークショップで塗ったもの。

出窓の部分には、純白の漆喰。今回の参加者には、左官職人修行中の方もおられて、難しい部分はその方におまかせできたので助かりました。ありがとうございます。

内側にお茶室がある曲線壁の部分には、ベンガラで着色した色漆喰を塗りました。

昼食はカフェミレットのオーガニックランチ。本当においしいのです、これが。

壁は塗らなくてもいいから、これだけでも食べにくる価値はあります。手前のパンは庭の石釜で焼いたもの。

おかげさまで、充実した1日になりました。企画して頂いたカフェミレットの隅岡夫妻、参加者の皆さん、ありがとうございました&お疲れさまでした。

ぜひまた続編も企画しましょう。

カタランボールト@静原

FCバルセロナがチャンピオンズリーグで見事な優勝を遂げたのを記念するために(うそだよん、でもそういうことにしておきます)、静原の事務所横にカタロニアボールト工法による小さな建物を建設中です。当地バルセロナでは15ミリくらいの薄焼きレンガを使うのですが、今回は園芸用の土を少量のセメントで固めたソイルセメントレンガを自作。それを使ってのカタロニアボールトです。

これが製作中のソイルセメントレンガ。

アーチ状に正確にレンガを積むためのガイド型枠を設置。

アーチの足下からレンガを積み始めます。地面に近い場所は目地をソイルセメントで固めていきます。

三段目くらいからは、硬化速度の速い石膏を目地に使って、次々にレンガを積んでいきます。

アーチが1列分、上で繋がりました。こうなるとフラフラしていたレンガも構造的に安定します。

レンガを積み上げていきます。

アーチの上部に来ると、レンガは空中に張り出すようになってくるのですが、これでも崩れないのです。これがカタランボールト工法のすごいところで、最低限の型枠で天井も含めた建築全体をつくることができます。

ボールト全体がレンガで組み上がりました。

じゃーん、こんな感じ。薄い!厚さ20ミリ。

本場スペインではレンガを二重に積んで完成なのですが、地震のある日本ではそうも行かないので、補強のためにラス金網を二重に張ります。

ラス網の上にソイルセメントを20ミリの厚さに塗り、黄色い漆喰で仕上げていきます。

翌日仕上がってこんな感じ。

モロッコのタデラクトに倣って、漆喰の上にマラケシュ産の黒石鹸液を塗ってみました。すると、驚いたことに漆喰が水をはじいています。マラケシュ漆喰の技法が日本の漆喰にも使えそうです。

じゃーん、薄い!わずか40ミリの厚み。

この素敵な小さな建物が完成後何に使われるかというと、事務所のトイレになるのです。仕事の合間にぼちぼちつくっているので、完成時期は未定です。できれば夏までには完成したい。

地図づくり@静原

静原では去年の秋から、京都市の地域活性化の活動の一環としてワークショップが行われています。

その名も「静原の里ワークショップ」。大原や鞍馬と違って特に観光の目玉になるような史跡がない静原ですが、一年目の今年はまず地域の歴史や魅力を一目で理解できるような、地図+資料づくりを進めています。

色々調べていると、道端にあるお地蔵さんの由来とか、地元の人達も忘れてしまったような歴史が次々と思い出されてくるんですよね。「これは何ですか?」「いつ頃からあるんですか?」と質問していくと、長老クラス?のお年寄り達が集まって、ああでもない、こうだったかも、と昔の記憶を掘り起こしていってくれます。古くから静原に住む人にとっても、我々のような新参者にも、「そうだったのか!」と膝を打つような瞬間がたくさんあって、とても刺激的な作業です。

こちらが、編集中の静原マップ。

先日の日曜日には、地図に足りない写真を撮影に、静原と大原をつなぐ道沿いにある江文峠まで行ってきました。ここで車を降りて、金比羅山の頂上を目指します。

頂上へ至る参道の途中には、椿の木が群生していました。

30分ほどで頂上につきました。

金比羅山はその名の通り頂上に金刀比羅神社があり水の神様が祀られているので、静原では日照りがあるとこの神社にお参りをして雨乞いの太鼓を叩いたと言われています。それが、いまも静原に残る「雨乞い」の太鼓です。

ここからの京都市方向への眺めは、絶景。

頂上から少し下ると、ロッククライミングで有名な岩場があります。ここからの大原の集落の眺めも絶景。

山の中のあちこちで、静原小学校の子供たちが描いた、環境保護の札を見かけました。いつも描いている絵と似てるので、自分の子供の描いたものはすぐに分かりますね。ということで、証拠写真をパチリ。

それでも続く日常@静原

前回の何とも気楽な投稿の二時間前に東日本を地震が襲っていた。ちょうど事務所の昼食時だったが何の揺れも感じず、ここ数日に静原で撮った写真の投稿を済ませ、その後しばらくして地震があったこと、その後の津波の事態が尋常ならざることに気がつく。

胸騒ぎがして東京で手がけた仕事のクライアントにメールを送ると、家族も建物も無事とのこと。東京の妻の実家には電話がつながらないが、その後無事との連絡が入る。夜は静原の集会所で「静原マップ」の企画編集委員会。家に戻ると子供たちも夜更かししてニュースの津波の映像を食い入るように見ている。彼らもこの光景はおそらく一生忘れないだろう。歴史的な日となるであろう2011年3月11日はこのようにして暮れた。

土曜日は出町の現場の打ち合わせ、日曜日の午前中は小学校の行事に参加し、午後は静原マップのために近所の金比羅山に登って資料用の写真の撮影、といつもの日常が淡々と続く。twitterは被災地からの切実な書き込みであふれ、のどかな京都の日常を書き込む場所ではなくなってしまった。ネットも情報過多な割には全体を見通すことのできない断片ばかりで、見ても益はない。

建築家として災害の現場で役立てればと左官のシェルターの研究もしてきているが、まだまだ性能は不十分で、またどちらかというと海外の乾燥した地域向けのものなので、それが日本の現地の状況に対して少しでも役に立てるものなのかどうかはわからない。今はまず、それでも続く日常を、淡々と続けていくことしかできない。

写真は、静原と大原の間にある金比羅山の頂上からの、おそらく平安京の頃からほとんど変わらないであろう京都市内方向への眺め。

春@静原

事務所の隣の家の梅が咲きました。

事務所の前の土手には蕗の薹(ふきのとう)が顔を出しました。

少し冷え込むと朝にはあたり一面の雪景色、ということもしばしばですが、太陽の光が昇るとともに融けてしまいます。冬が厳しいと言われる京都市内よりさらに冷え込みの厳しい静原ですが、もうすこしで春です。

インドからのインターン希望@静原

実行してみたいとおもいつつ、なかなか思い切れていないことのひとつ。我が事務所でのインド人インターンの受け入れ。

ここ数年、チラホラとインドからのインターンの申し込みメールが届くようになった。学年は揃って三年生、大学はバラバラ。おそらくインドの建築学生は三年生になったら海外へインターンに行く、という流行か制度でもあるのだろうね。送られてくるCVを見ると、日本の大学の三年生と同程度の拙いプレゼンテーションと古めかしいデザイン。ある程度の能力を身につけてインターンに出るヨーロッパの学生とはかなりレベルの差がある。ただ、フォスター事務所の現在進めているプロジェクトの重心がインドに移りつつあるという現代、その将来を支えることになる彼らと実際に接してみたいという思いもある。

日本の学生は従順だから、そして当たり前だが日本語が話せるのでという理由で、またヨーロッパやアメリカの学生は文化が違うとはいえある程度想像がつくので、インターンとして受け入れるのにそれほど心配することは無いのだが、これがインド人となると話が違う。僕が旅して得たインドの印象では、善良な人と悪い人、裕福な人と貧しい人、従順な人と自分勝手な人、あらゆる個性の落差が日本では想像できないくらい大きいのがインドという国の印象。ネガティブな方の性質を持つ人が来ちゃったらどうしよう、と心配してしまうのである。

そうでなくても、事務所から毎昼出している昼食を、「カレーしか食べられません、しかもベジタリアンで。」とか、かなりの確率で言われそうで恐いのである。すんごい裕福な家庭の子息が来て、京都ホテルに宿を取ってリムジンで毎朝乗り付けてきたらとどうしよう、とか妄想してしまうのである。わざわざ飛行機代を払ってきているのだからむげに帰ってくれともいいにくい。困ったからといって他所の事務所に紹介も出来ない。こんな京都の山奥の小事務所にも届くくらいだから、全国の設計事務所にも彼らからのメールが届いていると思うのだが、彼らを受け入れたことのある勇気ある建築家はいないものか?一度その希有な経験を聞かせてもらいたいと切に思っているのだが。

雪の正月@静原

新年あけましておめでとうございます。
大晦日の朝に降り出した雪は、夜には静原全体を深く覆い包んで、大雪のお正月を迎えることとなりました。

除夜の鐘が聞こえ始め日付が変わると、集落の人々は神社に初詣に集まってきます。氏子の方々が焚き火を燃やし、お神酒を振る舞っています。
翌朝は真っ青に晴れた空の下に一面の雪景色。積雪は30から40センチくらい。冬のキビシさで有名な京都市内が10センチくらいという話なので、やはり静原の冬の厳しさは折り紙付きだ。
三が日は自宅近くの坂道で、子供たちとソリ遊びを楽しみました。
そんな風に思わぬ大雪で幕を開けた2011年、今年も皆さんにとって良い年になりますように。

集落を歩く@静原の里ワークショプ

爽快に晴れた 27日の土曜日、静原の里を歩くワークショップが開催されました。参加メンバーの構成は大人から子供までを含めた静原の住人、左京区役所まちづくり推進課、京都工芸繊維大学佐々木研究室の方々。


まずは静原神社の隣にある集会所に集まり、かつて集落の北の山中にあった静原城跡を探索するチーム、集落の中を歩くチーム、静原の南の山や川の周辺を探索するチームに分かれ、出発。


僕の入った南チームは、噂には聞いていたが今は誰も訪れなくなった稲荷さんが今もかなりしっかり現存するのを確認したり、山の中にイノシシを捕るワナを発見したり、、、、


山を登って静原の集落を一望してみたり、古くから住んでいる方でも知らなかったような事物や視点や歴史の発見がたくさんありました。


その後、集会所に再集合してそれぞれのチームの散策の成果を報告。こうして実際に町を歩いてみると、村のお年寄りからも古い記憶が呼び起こされて、色んな地域の歴史やいわれなどの情報が掘り起こされていきます。


たとえばこの、稲荷に向かう参道にあった、明らかに人工物だが正体不明の石のいわれなど、誰にも分からないので長老クラスに聞いてみようなど、今後調べたい課題などが浮かび上がったり。自分の能力をこの場ででどう役立てられるのか、色々考えたり。

静原の紅葉ももう終盤。翌日の朝から冷え込みが厳しくなり、畑の野菜の葉には霜がびっしりおり始めております。

静原の里ワークショップ@静原

今年の九月から月一回くらいのペースで、左京区役所まちづくり推進課が音頭をとって、地域の未来を考えていくワークショップが行われている。京都市は市内山間部に過疎化した小さな集落がたくさんあり、西陣などの市街地でも住民が高齢化して同じような問題を抱える地域があることから、何年か前からこうした地域活性化の活動を行っているらしい。
あいにく一回目は欠席してしまったのだが、静原小学校の体育館にたくさんの静原住民が集まって、皆さんが感じている地域の魅力や問題について、発言しあったそうだ。出席した二回目は、どういうことをやっていきたいか、いくべきか、個人の意見をバンバン出していくブレーンストーミング。その結果、まずは静原のことを知らなきゃいけないということで、静原を歩いて地域の魅力や問題点を発見しようということになった。
先日の運営ミーティングで散策ルートなどを考えていると、古い住民の方から今まで知らなかった地域の情報がわんさか出てくる。静原の集落から北の山に上ったところにある古い城跡のこと、山の端にポツンと立っている朽ち果てた社のいわれ、公家の言葉の名残である古い静原方言のこと、、、。27日のワークショップ当日も、どんな発見があるか、楽しみだ。

マムシ@静原

 

すっかり秋の気候ですね。先週、うちの次男が道端でみつけたと言って小さなマムシを拾ってきました(もちろん死んだものです。)。地元の人によると、マムシは秋に子供を産むので気が立っていて、噛まれやすいのだそう。
八瀬の現場は中間検査も終わり、窓周りの工事と外部の仕上げが進行中。この辺りはかなり厳格な風致地区条例の範囲内にあるので外観は平入の切り妻屋根に瓦葺きと杉板張りとしていて、建物の容積もこの敷地で可能なギリギリいっぱいを確保しつつ、周囲に見える山々をとらえる大きな開口がつきます。
愛知県瀬戸市の現場は基礎工事の最終段階。今週末には上棟の予定。
こちらも同じく切り妻屋根を持つシンプルなボリュームですが、こちらは斜面から突き出るように配置されます。楽しみです。