スペインに伝わる左官技術エスグラフィアドの起原となる技術を求めてマラケシュへやってきましたが、ここで「タハジャルト」とよばれる左官彫刻の技術に出会いました。

これはマラケシュの旧市街メディナの警察署の入り口。黄色く着色した石灰モルタルに彫刻を施した入り口で、モロッコの遊牧民ベルベル族の言葉で「タハジャル」と呼ばれている左官彫刻。店舗の入り口や役所の入り口など、市内各所で見かけることができる。
タハジャルトとはタ(仕事・方法)とハジャルト(石)を組み合わせたベルベル族の言葉で、もとは大西洋岸地域でとれる砂岩系の石に彫刻を施したものを指していたらしい(今でもカサブランカなどで見ることができる)が、現代では石灰モルタルによる人造石に彫刻を施したものが主流で、それらを含めて「タハジャルト」と呼ばれるそうだ。


彫刻の彫りが深く、そしてスペインのエスグラフィアドにはなかった、柱などの立体的な建築要素にも彫刻が施されている。基本は幾何学的な文様で構成されているが、ヨーロッパのバロック彫刻を思わせる柔らかな曲線は「幾何学」という言葉の堅苦しさを感じさせない。

石灰モルタルはセメントモルタルに比べて硬化する速度が遅いので、完全に硬化する前に時間をかけて複雑な装飾を行うことができる。また、石灰モルタルに使われている砂は、三厘程度の細かい砂で、これもまた彫刻の精度と滑らかさを表現するのに適している。細かい粒度の砂が容易に手に入る環境と、硬化に時間がかかる石灰モルタルの材料の性質をうまく生かした技術であり、これは日本でももっと参考にされて良い技術だと思う。