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江戸っ子が東海道を通って伊勢神宮をめざして歩いたように、チベットの遊牧民が聖地ラサをめざして五体投地で這っていったように、イスラム教徒が一生に一度のメッカ巡礼を義務づけられているように、ヨーロッパのキリスト教徒が巡礼の終着点として目指すのが、スペインのガリシア地方にある都市サンチャゴ・デ・コンポステーラ。

今でもヨーロッパ各地から年間十数万人の巡礼者(観光客じゃなくて)が徒歩でこの地を目指すらしい。1日あたりで400人、凄い人数だ。(ちなみに「巡礼者」として認定されるのは100キロ以上を徒歩で踏破することが条件)

今の僕にはそんな巡礼をする動機も気力も体力も時間もお金もないので、朝6時発の格安航空便でサンチャゴ空港に降り立つ。夜が明けたばかりのサンチャゴ・デ・コンポステーラの街は、昨晩降った雨で石畳は濡れ、朝霧が立ちこめている。

いつものように飛び込みで宿を決め、近所のカフェで朝食を。

宿の部屋からの旧市街の眺め。この眺めを見て、部屋を即決。

サンチャゴ・デ・コンポステーラの街は街全体が黄色みがかった花崗岩で出来ている。ローマのような大理石でもなく、バルセロナのような砂岩系の石でもなく、花崗岩。石工の人に聞かないと分からないけど、たぶん大理石の倍は加工するのが大変なんじゃないだろうか。

そして軒下のアーケードを支えるのも、バルセロナのような軽快なカタラン・ボールトでなく、重々しいローマン・ボールトのアーチ。

一方で、街路に並ぶ家々の上階ファサードには、白い木枠でつくられたサンルーム「ソラーナ」。人々はここで太陽や景色を楽しんだり、植物を育てたり、家族の団欒をするらしい。

花崗岩の重々しさがこの白くて軽快なソラーナのおかげで和らげられているからか、歩いていてもなんだか気持ちのいい街だ。

建物の側面の壁が、屋根と同じように瓦葺きになっていて、面白い。


街の中心にあるのは、カテドラル。バロック様式の華麗な外観を見て、ようやく辿り着いた巡礼者は感極まるんだろうなあ。カテドラル前の広場で抱き合ったり,呆けたように座り込んでいる巡礼者を何人も見かけた。

彫刻のところどころには、苔が生えている。乾燥したスペインの大地の中でも例外的に、湿潤な気候の証。

着いた翌日に、ローカルバスに乗り込んで大西洋に面した街フィニステレを目指す。文字どおりフィニスfinis(果て)テレ terre(大地)を意味するこの街は、大航海時代以前の世界がまだ丸いと知られていない頃に、最果ての地としてヨーロッパ人に広く知られていたらしい。

バスの隣に座ったのは、ドイツから来た巡礼者のハリー。2週間の休みを取って、大西洋に沿った巡礼路を300キロ歩いて来て、昨日サンチャゴについたという。今日は彼にとって旅の終わりの小旅行、「世界の果て」を見にいこう、ということらしい。道中は雨が降ったり雲が晴れて陽が差したりと目まぐるしい天気で、おかげで美しい海岸沿いの景観を楽しむことができた。

終点でバスを降り、ハリーと一緒にフィニステレの街から数キロのところにある、海辺の灯台を目指す。灯台のまわりはその足下にカフェが一軒あるだけの、土産物屋も何も無い、世界の果てにふさわしい場所。もちろんカフェに客なんか居ない。

大西洋からは凄まじい暴風が断崖に向かって吹き寄せてきている。

陽の暮れゆく「世界の果て」で小便を、と思って海に向かって用を足したら、落下していくおしっこが空中で向きを変えて舞い上がり、「波しぶき」ならぬ「しょんべんしぶき」になって全身に降り注いだ。今まで経験したことのない出来事のおかげで、この最果ての海岸は特別に印象深い場所となった。