先日ベルリンで見てきた版築の教会をつくったマルティン・ラオホの工房は、スイス国境よりのオーストリアの街シュリンスにある。バルセロナからチューリヒまで飛び、初めてのスイスというのにそのまま鉄道に飛び乗ってオーストリアのシュリンツ駅まで電車に揺られて二時間。シュリンツは、山に囲まれ緑の美しい素敵な田舎町でした。

駅からとことこ歩いて街の中に向かう。スペインのような集合住宅はほとんどなくて、基本は勾配屋根の戸建て住宅なのが日本と似ている。

そして家々の庭には必ず林檎の木があって、山ほど沢山の実を付けていました。

あらかじめ用意していた地図を片手に歩いていると、明らかにそれと分かる版築の塀と外壁の建物が。これがマルティン・ラオホの版築工房でした。外壁は版築、屋根は屋上緑化。

こちらが工房側。心なしか、僕がお世話になったしっくい浅原や京都大原の久住氏の倉庫に似ている。洋の東西を問わず、左官屋の倉庫の雰囲気は変わらない、ということらしい。

当日はラオホさんはスイスまで打ち合わせに出かけて留守だったのだが、スタッフの方に工房を案内してもらった。工房の中はサンプルがいっぱい、そして製作中の版築も所狭しと置かれていた。手前に見えるのは、住宅の暖炉用のプレファブリケートされた版築で、これを現場に運搬して切ったり煙突を入れたり加工して、版築暖炉をつくるというもの。厚さ8センチくらいのものだが、土がめちゃくちゃ固い。セメントも何も硬化させるモノは入れてないという。

こちらは特注の楕円形の版築暖炉のために、作業中の職人さんの様子。曲げ合板で型を組み、強力なコンプレッサーとつないだ専用の棒状のランマで突き固めて行く。

版築用の土の配合。ぎゅっと握って固まるくらいの水加減は、日本のものとあまり変わりない。地元で取れるという粘土の粘り気が強く、短ーい寸莎が少しだけ入っていて、砂利の割合が多い気がした。そうしないと粘土の収縮で割れてしまうだろうから、納得がいくけど、それにしても実際の完成品にはほとんど割れがない。機械を使って、そうとうな圧力で突き固めているようだ。

何か固めるモノを入れてるんじゃないかと、スタッフの方にかなりしつこく質問したけど、「セメントを混ぜると一旦含んだ水分を吐き出さなくなってしまって、耐水性がかえって悪くなるから、絶対に入れない」と、土だけで勝負することにかなりこだわりがあると見た。

集落の端にある教会の墓地に、マルティン・ラオホが10年前に手がけた墓地の壁がある。

端のほうは結構風化が進んでいるけど、それでもまだまだいけそうだ。表面を見ると、やはりかなり骨材が多い。粘土の収縮を止めるために、骨材を多めに入れているのではないか。30センチくらいごとに入っている筋のようなものは、水はけを良くするためのセメントの層だという。

工房から少し坂を上がったところにある彼の自宅。

こちらは完成して四年くらい、工房のような屋根庇も出さず、モダンな納まり。横に走る筋部分には、同じ土からつくったという陶器が水切り用に埋め込まれている。

自宅のある山の斜面からは、シュリンスの街と山々が一望できる。

東側と西側にそれぞれテラスがあり、日光を浴びながら食事ができる。テラスの床にも陶器のタイル。

内部もじっくり見せてもらいましたが、室内の壁は外側の版築の内側にワラの断熱層を入れ、その上に暖房用の温水配管を通した上で土入り漆喰で仕上げられている。床は土を突き固めて、ワックスを塗った仕上げ。お手伝いさんは、なんと毎日牛乳を床に塗ってメンテしているとのこと。この写真は圧巻の階段室。イスタンブールのトプカプ宮殿を思わせる、ガラスブロックのトップライトが美しい。

階段の段板も、現地の砂利をセメントを使わずに固めて研ぎ出してあるもの。ホントかよと突っ込みたくなるが、、、、

浴室から廊下を見る。壁のタイルは現地の土を楽焼きの技法で焼いたもの。

三階廊下。

一階玄関部分。床のタイルは同じく楽焼。

明るい階段室。

一階の居室。目の前には掘削した丘の断面が見える。床を支えるのは基本的に木造の梁らしいが、駐車場や一部の部屋は写真のように鉄骨の梁。その間はバルセロナのカタランボールトと同じ原理で、レンガを山形に固定して土を固め、床を支えている。

彼の奥さんはセラミックの作家でもあり、キッチンの天板や床など、あちこちに使われているタイルはすべて奥さんの手によるものだそう。現地の素材でどこまでできるかという、土に生きる夫婦の執念のようなものも感じる、でも圧倒的に美しく快適そうな家でした。