無粋なり@京都市内

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観光名所の紅葉が始まって、京都市内は連日渋滞。これはちょっと前の今出川通りでの光景。色づいてしまうと落葉するし掃除が大変だからということで、例年その前に街路樹は丸坊主にされます。何とも色気のない話でしたー。

2 Responses to “無粋なり@京都市内”

  1. Eri より:

    はじめまして。
    左官の事について調べていたらこちらにたどり着きました。
    ホームページを拝見しました。
    素晴らしいお仕事をなさっているんですね。
    感動しました。
    修士論文でラサについて書かれたとの事でとても関心があります。
    私は今夏、個人的にボランティアでチベット建築に携わりました。
    少し前まで家づくりの仕事に携わっていましたが、現場に居ても左官の仕事に興味がありました。
    左官の技術を身につけてチベット建築に携わるのが夢です。
    現在修行できるところを模索中です。
    長くなってしまいすみませんでした^^;
    またブログにおじゃまします。

  2. morikazu より:

    ERIさんはじめまして。
    ブログを拝見しましたが、ラダックやネパール、とても懐かしい写真ばかりでした。
    ラダックには10年前に初めて訪れて、チベット人の世界観に驚き、こんな人たちがつくったラサという町はどんなところなんだろうという興味から、大学院でのラサの研究につながったという思いでの土地です。
    10年前とあまり変わっていないですね。カトマンズの「味のシルクロード」(ですよね?)のカツ丼も相変わらず美味そうです。なつかしいなあ。
    THFのアンドレと一緒に活動しておられたと聞いて驚きました。実は彼とは、ちょうど僕がラサで現地調査した際に会ったことがあります。1995年秋のことです。彼は当時、ラサの中心街の民家の修復プロジェクトを手がけていて、一方僕は民家の実測をしてチベットの人たちの住まいの使い方の調査をしたり、ラサ全体のお寺や巡礼路、モスクの配置を調べて都市全体の構造を分析したりしていました。何度か彼のオフィスにお邪魔して、情報交換させてもらったのを想いまします。
    帰国後は、当時メールアドレスを持っていなかったこともあり、やり取りも不便で、音信も途絶えていますが、その後ラサでのプロジェクトが中国政府との問題で中止になったりということを、風の便りに聞いていました。なにより、ラダックの土地で元気に活動していると聞いて、うれしく思いました。
    その後僕は、なぜか卒業後は左官屋さんのもとに弟子入りし、京都の文化財修復に携わることとなり、今は自分の事務所を設立して古い町屋の修復などもしながら、左官技術で今までにない空間を作れないかと試行錯誤しております。
    ブログを拝見して、10年前にタイムスリップしました。
    今はラサに鉄道が通って、チベットもどんどん変わりつつあるようですが、変わらない土地は変わらないですね。なにせ、ラダックは遠いですから(僕もマナリ経由、標高5200Mでテント泊、高山病で死にそうになりました。)。
    いつかお会いできたら、ラダックのことなど聞かせてください。
    それでは。

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