カフェ・コン・レチェ@レイアール広場

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朝の十時、旧市街の広場のカフェにてコーヒーを一服。広場を出てすぐのランブラス通りはすでに行き交う観光客でにぎわいはじめていたが、広場はまだ一日のはじまりを迎えるべく活動の準備をはじめたばかりで、カフェも一応は営業をはじめていたものの、昨夜の宴の残りものを片付けるゴミ回収車が騒がしく出入りしている。店の給仕はというと、ぽつりぽつりと現れる観光客相手にこんな時間帯に来るのは迷惑だといわんばかりに、気の乗らない顔をして店と広場を行き来しており、また暇になると広場に向かってぼんやりとタバコをふかしている。

どこの街であるかに限らず何かの拍子に、周囲の時間の流れから取り残されたような、時空のエアポケットとも呼ぶことの出来そうな、不思議な場にひょっこり遭遇してしまうことがある。そうした場は、河の流れの中にうまれる水の澱みのようなものなのかもしれないが、常に同じ時間に同じ場所に訪れるわけではないし、自分のそのときの心の状態と、場所の状態がうまく重なりあった時にだけ見つけられるもののようだ。

そこからは周りの景色がなんだか別の世界の出来事のように新鮮に見えて、普段は気にとめないような街の佇まいや人々の仕草など、思いもかけない発見がある。しばしの時間をそこで楽しむことができた日というのは、何となく豊かな時間を過ごしたような、素敵な拾い物をしたような気分で過ごすことができる。

今日の早起きはスペイン語学校の夏期講習の初めての登校日のためだったのだが、初日はクラス分けのための語学能力テストのみで明日からは午前9時から午後1時までみっちりスペイン語の授業を受けることになっている。公立の、最も授業料が安い学校ということもあり、生徒は年齢も人種も社会的な立場もまったく異なる人たちの集まりで、見知らぬもの同士が集まった教室にはちょっとした緊張感が漂っていた。

定年を迎えたくらいの年齢のゲルマン系の男性、ロシア系と思わしき若くて美しい20歳くらいの女性、なぜか顔全体にひどい傷跡を持つインド系のおばさん、20代の若い中国人の男女、学生でもなく主婦でもない微妙な年齢のアメリカ人女性。それぞれがここにたどり着いたその来歴を聞くだけで、一日が終わってしまいそうな、いわくありげな顔ぶれ。偶然隣り合ったらしいアメリカ人(らしき)若い女性と壮年の男性の会話する声だけが、ひっそりとした教室に響いていた。

都市は出会いのチャンスに満ちた場所だ。しかしここに集まった顔ぶれは、お互いの顔に刻まれたおのおののこれまでの人生の隔たりを見ても、嬉々としてその出会いを祝福できるような人たちではないのも確かだった。20代のアジアの旅での出会いは、今思えばみな国籍は違えど同じことに興味を持ち同じような旅をしていた人たちとの出会いだった。たまに現地の人たちと杯を交わしたり列車の旅をともにすることもあったが、やはりそれは旅人同士のそれとは違うものだった。

我々の部屋には初心者ばかりが集められていたらしく、今日のテストは教官の読み上げるスペイン語の単語と単文を書き留めて、知っているスペイン語の単語を2分間で書き出すだけで終わった。明日朝クラス発表があり、その仲間で4週間の講習を受けることになっている。ここでの出会いは出会いと呼ぶほどのことではないのかもしれないが、それでもある期間同じ場所に通ことはまぎれも無い事実で、その時どんな素顔を垣間みることができるのか、何も交わること無く終わるのか、想像がつかない。

さて、そろそろこの場所も周りに会わせて時間が流れ出したようだ。給仕のオヤジもさっきとは見違えるようにテキパキと動き始めている。
(レイアール広場のカフェにて)

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7 Comments

  1. いいね。こういうの。
    また旅に出たくなるな。
    こういう出会いって
    自分自身を見つめ直すことに
    つながる気がする。

  2. 伊藤剛

    お久しぶりです。
    僕も、社会人一年目、スペインに行ったのを思い出します。ランブラス大通りを夜中、宿を必死に探しながら友人と走っていたのを思い出します。
    確かに。都市は出会いのチャンスに満ちた場所です。僕が、日本じゃなく、ヨーロッパに興味を覚えるのはその都市性なのかもしれません。
    いいですよね~、めんどくさそうに準備をするバルとかのおっさん。
    また行きたいな~。

  3. もりかず

    コメントありがとう。
    10年くらい前から国家の間の垣根が低くなって、世界のどこへでも旅行ができるようになったけど、今は旅行者だけじゃなくていろんな国籍や身分の人が、世界中を移動しまくっている感じがします。それもヨーロッパだけじゃなくてオイルバブルに湧く中東とか、中国とか、東南アジア、中南米、世界中の大都市はみんなそんな感じだと思う。日本の都市はそういう意味では都市性は希薄ですね。みんな日本人、同じような思想や規範で生活してるから。でも、これからはそういう環境の方が貴重だと思うなあ、直感的にですが。

  4. RマーケットのH氏がお店に現れるなり、「1ユーロ、168円ですよ!モリタさん、大丈夫やろか?」と言ってました。
    ぼくの鈍い頭ではにわかに理解できなかったんだけど、「円安で日本円の価値がかなり目減りしているんです」とわかりやすく説明してくれました。
    しっかり貯めて行かねばと、決意を新たにした次第であります...。

  5. もりかず

    4月からの3ヶ月でユーロに対して円が10%も安くなっています。正直、この時期にヨーロッパにいるのが恨めしいです。もう、物価に関してはあきらめがつきましたが。
    スペインの物価はロンドンなどに比べればましですが、生活していると日本の物価と比べて70%増しぐらいに感じられます。川本さんもリーガエスパニョーラだけ見て、モロッコへ高飛びする方がいいかもしれないですよ?バルセロナからマラケシュまで片道5000円で飛べます。

  6. 70%増しとは、半端じゃないですね。
    う~ん、さすがはヨーロッパ、貧しいアジアの国とは違いますね。
    ああ、やはり僕たちにはインドが分相応なのかも...。
    実はスペインからモロッコではなくて、アルジェリアに行こうかと話しています。
    保存状態のよい古代ローマの世界遺産がいくつかあって、面白そう。
    だけど、爆弾テロがポツポツあるんだよね。
    今年に入ってからもあったみたいだし、なんせ99%イスラムの国なので、
    いま行くのはちょっとやばいかな...?

  7. もりかず

    スペインのインフレもすごいですが、それ以上に日本の円が弱くなっている感じですね。ユーロで稼いでいる人はともかく、日本人から見ると今のヨーロッパの物価は異常です。生活用品の値段も、品質からいうと1ユーロ=100円くらいで日本と同じくらいかな、という印象ですからよほど必要なものじゃないと買う気が失せます。日本で買う方がよっぽどいいものが買えますから。
    アルジェリアは今でもかなりハードコアなイスラム国家ですよね。陸路の国境が開いているのかな?空路でもスペインから行くより旧宗主国のフランスからの方がいいという話を聞きますね。

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