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10月に入って、ヨーロッパ各国からの研修生がどっと事務所に入ってきた。ヨーロッパのほとんどの国の建築教育は、約6年の在学期間に半年から1年ほど設計事務所での実務を経験する研修期間が必須課程として義務づけられている。そういうわけで、ヨーロッパの設計事務所にはこうしたたくさんの若者が、研修生という名目で常時在籍しているものらしい。彼らは研修後再び大学に戻って残りの課程を修了し、卒業と同時に「建築家」の資格を経ることができる。ちょっと、うらやましい。

日本は4年の課程を卒業後、2年の実務期間を経て「一級建築士」の受験資格が得られるけれど、それに合格しても「建築士」になれるだけで「建築家」はそれを名乗る勇気があれば誰でもなれてしまう。実際、建築士資格を持たない有名建築家は沢山いる。新聞の折り込み広告で「建築家」があなたの新居に、と「作品」を売り込むこのご時世、国家の御墨付きのない日本の「建築家」という職業は、そのうち「胡散臭い職業ランキング」の上位にランキングされるようになる気がする。

先週までの針金模型に続き、こんどは段ボール紙での模型作製をすることになった。今までひとりでぼちぼちと進めていた作業に、ギリシャ人の研修生が加わった。オリビアという彼女はペネロペ・クルス似の美人で性格も明るく、模型室には他の研修生も加わってずいぶん賑やかになった。

特にオリビアは色々と話題に事欠かない女性で、二日目は模型の出来にダメだしされて機嫌を損ね、四日目は彼女の車(それも借り物)が駐車中にフロントガラスを割られて仕事どころでなく、それでも何かと研修生に声をかけてカフェに休憩に行ったり、仕事後にバルでビールを飲んだり、みんなの潤滑油のような存在になっている。

模型の方は、まだ外観の決まっていない部分を、オリビアとあれこれ考えながらつくっている。効率を優先するなら、もっと加工のしやすいスチレンボードで片っ端から模型にするのがいいと思うのだが、時間がかかるのを承知で段ボールを使う。デザインをある種の客観性をもとに決定してくなら、あらかじめ考えられるあらゆるパターンを描き出しておいて、必要ならば模型をつくり、それを皆で議論しながらデザインを決定していくのが良いと思うのだが、それもない。

自分にとっては、いくつもある選択肢の中から決定的な「一つ」を選び出す際の確信のようなものを、彼らがどこで得るのかが気になるのだが、根本的なところで個人の直感から生まれるものを信じている節がある。ある時突然に、「そこはサッカーの鋭いサイドチェンジのパスみたいなラインで」とか、なんじゃあそりゃ?というようないささか客観性に欠けた、しかし明確な指示が来たりする(よくよく聞くとフニャーッと曲がった曲線でなく、直線で伸びた先がぐぐっとカーブするようなラインのことだったのだが)。

そのラインの善し悪しは、「彼がそう信じた」という以外に、今のところ自分にとっては判断のしようがないのだけれど、そのようにして少しづつ建築のイメージが段ボールに刻まれて姿を現してきている。