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先日8月26日(土)、南禅寺近くの京都国際交流会館で、シンポジウム「京都会館のより良き明日を考える―解体工事を目前に問題点を総括する」が開かれました。僕も帰国後の荷物で事務所がごった返す中、聴講に出かけてきました。

京都市の発表した改修後のイメージパース。景観を壊すと言われている高層部分は、なるべく背後で目立たないよう表現されている。

この計画は最初に新聞に記事が掲載された時から、ずっと大きな問題を感じていた計画で、京都新聞に記事を執筆する機会も頂き、昨年九月からのスペイン滞在中もその後の推移をずっと注目してきました。その後、色々な反対運動が繰り広げられたにもかかわらず、今年九月の解体を目前に迎えることになってしまいました。

こうした京都市の景観/建築/音楽など広い分野にまたがる重要な問題、そして様々な関係者の利害が絡む複雑な問題は、京都市の未来を決める問題でもあるので、じっくりといろんな立場の人の意見を調整しながら、あせらず着実に進めて行くべきでしょう。でも、悲しいことに、私たちが選んだ京都市の市長、議会の人たちは、反対意見に耳を貸すことなく、計画をどんどん進めてしまいました。

また、市や議会がまともに取り組まないのであれば、新聞やテレビなど一般の人が広く目にするメディアが、公正な立場から情報を整理して問題を伝えるべきだと思うのですが、残念なことに彼らは市の発表をそのまま伝えるか、断片的な反対運動を取り上げるのみで、本来果たすべき役割を放棄しているので、問題の全体像はほとんどの人には見えないままです。

京都会館の建築作品としての価値もとても大切ではありますが、まず悲しく思うのは、市民が使う公共の空間が、民主的な手続きを経ることもなく、ごく限られた人間の都合によって、巨大な費用を伴う計画によって大きく変えられてしまう、ということ、そしてそれを止められない、ということです。

京都会館中庭は、いつでも市民が自由に憩える貴重なスペース。建物内にロビーが十分確保できないので、中庭を見下ろす気持のよいテラスを覆うように、ガラスの共通ロビーが追加される予定。

個人設計事務所のブログで詳細に取り上げるような問題ではないのは百も承知なのですが、数十年後には京都の文化行政の汚点の一つとして刻まれるのが確実なこの事件について、京都に住む一建築家として居ても立ってもいられず、後世に残すべくここでその経緯を整理してみます。

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1957年
 設計競技(コンペ)の最優秀案として、前川國男案が選ばれる。

1960年
 京都会館完成(建築家・前川國男設計)、同年の日本建築学会賞を受賞。

2005〜2007年
 京都市により「京都会館再整備検討委員会」が設置され、老朽化した京都会館の再整備の方針について、協議を重ねた。2006年12月には、京都市に対し「意見書」が提出される。委員会には唯一の建築専門家として松隈洋氏(京都工芸繊維大学教授)が加わっていた。

A案:建物内部の改修
B案:一部増築を伴う改修
C案:全面建て替え
の三つの選択肢のうち、A案もしくはB案で検討することを提言(予算規模35億〜60億円)

2010年12月24日
「意見書」提出後の数年間、検討委員ににさえ、その後の計画の進展について京都市からの情報公開はなかったが、「京都に最大級オペラ劇場」という見出しの記事が同日の「日本経済新聞」の関西版夕刊に一面トップに掲載された。記事が新聞に掲載される当日昼過ぎに、委員会メンバーだった松隈洋氏(京都工芸繊維大学教授)のもとに、素案作成を受注した日建設計の担当者(江副敏史氏)と京都市の担当者(京都市文化芸術都市推進室長 平竹耕三氏)が訪れ、突然「京都会館の第一ホールを建て替えることになった」、その方針を「了承して欲しい」と「報告」に来た、ということを松隈教授が証言している。(シンポジウムのビデオの6分頃)

2011年2月7日
 建設財源の一部として地元の半導体メーカーのローム社に、京都会館の命名権を50年間52億5千万円で譲渡することが発表された。翌日の市議会では公募せずに秘密裏に売却したとして議会は紛糾

2011年2月
 京都市が京都会館の「改修」のために市民からの意見「パブリック・コメント」を募集。12月24日に松隈教授が聞いた「第一ホールを建て替え」などの具体的な計画の内容は京都市から何も公表されず、「改修」という曖昧な情報のみでコメント募集は行われた。

2011年3月2日
 現代建築保護を訴える国際機関 DOCOMOMO Japan(鈴木博之代表)が京都市に保存要望書を提出。

2011年3月11日
 日本建築学会が佐藤滋会長名で京都市に保存要望書を提出。

2011年5月24日
読売新聞に「京都会館再整備基本計画案」がまとまった、という記事が掲載される。問題となっている第一ホール部分について、「一部のみの解体、改修」案(見積92億円)に比べてホール部分は「全面建て替え」案(見積89億円)のほうが安い、という理由で「コストなど考えれば全面建て替えのほうが有力」という市の見解を掲載。

2011年6月23日
京都市が、建物の過半を占める第一ホール部分をすべて取り壊し、そこに現行法規では建設が不可能な高さ30mを超える舞台を持つ劇場を建設する内容を含んだ「京都会館再整備基本計画案」を公表。京都会館の外観が大きく変貌するだけでなく、内部空間にも大きな影響を与える「第一ホール建て替え」がようやく一般に公表された。

2011年9月16日
日本を代表するモダニズム建築として評価の高い建物価値を継承するために「建物価値継承に係る検討委員会」が設置される(学識経験者8名)。すでに計画の最も重要な争点である「第一ホール建て替え」が決定したあとでの設置であり、これ以前には歴史的建築の価値に詳しい専門家による計画への関与はなかった。

2011年9月20日
「検討委員会」設置からわずか四日後、香山壽夫建築研究所が基本設計者として選定され、基本設計が開始される。

2011年12月12日
京都市議会が、岡崎地域を「特別用途地区」に変更する条例案を可決、これにより第一ホールの建て替えが法的にも可能となった。住民の合意がなくても手続きが可能になるよう、京都市と平安神宮しかいない区画をあえて切り分けて緩和型の地区計画を策定しており、地域の特性を生かすための制度を骨抜きにするやり方である。(シンポジウムのビデオの1時間16分頃)

2011年10月21日 京都弁護士会が、小川達雄会長名で京都市長に意見書を提出。

2012年1月20日
京都市の都市計画審議会が京都会館を含む敷地の高さ制限の緩和を承認。この高さ制限は2007年に京都市が全国に先駆けて制定した「新景観政策」により、岡崎地区の良好な景観を守るために設けられたもの。それをわずか五年で放棄する結果となった。

2012年3月28日
「建物価値継承に係る検討委員会」から検討の結果として、計画の修正を求める「提言書」が提出される。既に基本設計が始まって6ヶ月経っている。

2012年3月31日
再整備計画のため、京都会館は50年以上に及ぶ活動に終止符を打ち、閉館となる。

2012年5月7日
京都会館の改築総工費が当初の予定を大きく上回り、110億円に上る見通しであることが
明らかになる。

2012年5月21日
「解体中止」を求め、住民監査請求が提出される。

2012年5月28日
 京都市議会が、当初の予算(89億円)から28%も超過しているにもかかわらず、京都会館の再整備予算案(114億円)を可決。ちなみに「89億円」は「第一ホール建て替え」のほうが「一部のみの解体、改修」より3億円安いとして現計画の根拠となった数字。

2012年6月4日
 京都市は香山壽夫建築研究所による「京都会館再整備基本設計」を公表。内容は「建物価値継承に係る検討委員会」からの「提言」が特に反映されることなく、既定路線を押し進めたものであった。結果的に提言を無視される形になった「検討委員会」や委員を推薦した日本建築学会からは、発表された計画について何の疑義もコメントも発表されていない。

2012年7月13日
 住民監査請求が棄却される。

2012年8月8日
 現代建築保護を訴える国際機関 DOCOMOMO Japan(鈴木博之代表)が京都市に意見書を提出。

2012年8月13日
 解体差し止めを求める住民訴訟を地元住民ら112名が京都地裁に起こす。

2012年8月
 ユネスコの諮問機関で、世界遺産登録の審査や監視活動を行っている国際記念物遺跡会議イコモス(本部・パリ)の「20世紀遺産に関する国際学術委員会」が、門川大作京都市長に計画見直しを求める意見書を提出。委員長シェリダン・バーグ氏から京都市長宛に「遺産危機警告」が通達された。 現計画が世界的に貴重な建築遺産である京都会館に対して「後戻りできない害を及ぼす」と指摘している。それに対して京都市は「「英文なのでまだ詳細に内容は把握していないが、意見は拝見する。ただ、計画に問題はないと考えている」とコメント。(新聞記事リンク

2012年8月29日
 京都市は実施設計・施工一括発注となる「京都会館再整備工事」の一般競争入札の結果、大手ゼネコンの大林組JVに決定。基本設計は香山壽夫建築研究所が担当したが、具体的な実施設計はゼネコンが自社で行うことになった。貴重な現代建築の大規模なリニューアルに対し、専門の設計事務所は基本設計だけで手を引き、その後はゼネコンが設計・施工一括発注で進めるようなプロセスで、果たしてデザインの質が保たれるのかどうか、大いに疑問が残る。

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この経緯を見て頂くと、すでに京都市は計画の一部が突如として新聞発表された2010年12月24日の時点で、かなり具体的な計画を持っていたにもかかわらず、計画を堂々と発表して市民の合意を得ることもせず、建築の専門家による検討も排除して計画を検討し、後戻りのできない段階で形式的な手続きだけ踏んだ格好にすることで、密室で決まった計画を強引に進めてきたことが分かると思います。

そこまでして京都市が強引に京都会館の計画を進めるのは何故か?

まずはこの問題の背後に、2002年に制定された「都市再生特別措置法」があることを知っておく必要があります。「都市再生特別措置法」は民間資本の導入による大都市の拠点的な再開発事業を促進するもので、その結果、都市開発に関して大幅な規制緩和が可能になりましたが、単純に言うなら、それはつまり開発する側にとっては開発の自由度が格段にアップしたということで、その反面、開発される土地の側とすれば今までの生活を守っていた規制が崩壊したという非常に危険な法律でもあるわけです。

この法律による規制緩和により、日本各地で再開発事業が加速して、相次いで日本の貴重な近代建築が解体されてきました。京都市も2011年7月に同様の再開発事業として「岡崎地域活性化ビジョン」を策定し、この地域を活性化する計画を進めています。要するに、いままで京都の文化地域として守られてきた岡崎地区は、今後は民間資本による利益優先のビジネス地区へと変貌するということであり、具体的には建物が高層化し、商業施設が誘致され、河原町通のような地域に近づいてしまうわけです。

ロームの資金を導入しての京都会館の再整備もそのプロジェクトの一端を担っています。京都市は整備後の京都会館の運営方針の詳細を何も発表していませんが、100億円という予算を投入する以上、今までのように安価で気楽に市民が使えるようなホールでなくなることは確かです。また、京都会館は「全解体」は免れていますが、ユネスコの諮問機関から「遺産危機警告」が通達されるほど、原形を損なうような計画が進められています。

シンポジウムでは、音楽評論家の日下部吉彦氏が、日本各地の音楽ホールに共通する問題として、「利用者無視」を挙げ、「どんな規模の、どんな目的のためのホールが必要か」という議論もなく、「隣の町よりも大きなホールを」という視点で不要なホールが計画・建設されてきた、と指摘。そのほとんどのホールは現在では充分に生かされることなく、「カラオケ大会に使われている」と痛烈に批判されていました。京都会館も大金を費やして改修するにもかかわらず、海外の一流オペラを招くには不十分な程度のものにしかならないのです。

また、8月13日に提訴された解体差し止めの住民訴訟を担当されている弁護士の玉村匡氏は、京都市が計画に都合が良いように法律を変えてしまっている現計画を提訴する難しさについて、「相手にルールを決められて戦うスポーツのよう」だと表現されていました。

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私事で恐縮ですが、私はつい2週間前まで文化庁の海外芸術家研修制度でスペイン・バルセロナに滞在していました。バルセロナに限らずヨーロッパでは、音楽を聴いたりスポーツをしたり本を読んだり絵を鑑賞したり、文化的な生活を送ることが国民の基本的な権利としてとても大切にされています。古い建物も、有名なガウディの建物だけでなく、できる限り古い部分を残して再生するように大切に扱われています。

それと比べると、今回の京都会館をめぐる問題は、市民の基本的な人権を踏みにじり、文化的遺産を台無しにする、本当に文化的程度の低い、目先のお金目当ての計画です。それが、「京都文化芸術都市創生条例」を制定し、「世界文化自由都市」を宣言している京都市で起こっているのです。いちおう民主主義の社会であるこの日本で、どうしてこのような計画を止めることができないのか。

おそらくこの計画を推進している人のほとんどは、この計画が京都の未来のためになると真剣に思って、取り組んでいるのだと思います。ただ、本当にこの計画が正しいのか?と立ち止まって考えたり、他人の意見を聴こうという民主主義にとって基本的な姿勢が、今の京都市の政治には決定的に欠けているのだと思います。今年二月の京都市市長選で、我々は別の政治を選ぶことも可能だったはずなのに、何も変えようとしなかった。つまりこれは、こんな程度の政治しか持つことのできない、我々自身の問題でもあるのです。

最後に、8/26のシンポジウムの会場では、ある中学校吹奏楽部コーチからの手紙が紹介されました。京都会館の空間のかけがえのなさについて、音楽を愛する人の立場からかかれた名文です。ぜひ読んでみてください。