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昨年一年間で学んだカタコトのスペイン語も、帰国後半年も経つとそれさえもどんどん忘れていってしまっているのが残念だ。僕と妻の学んだのはカスティリヤーノと呼ばれるスペイン語の標準語にあたる言葉。一方、子供たちが通ったバルセロナの小学校ではバルセロナ周辺で話されているカタロニア語(カタランと呼ぶ)中心の教育だったので、彼らはカスティリヤーノよりカタラン語の方が堪能だ。この二つは数の数え方から曜日の呼び方など日常よく使う言葉でも全く違っているので、ほぼ別の言語と考えた方がいいくらい。

3年ほど前に改修を手がけた家の奥さんが偶然バルセロナ出身のスペイン人女性で、彼女のお誘いで子供たちは週に一回のカタラン語のレッスンを受けている。彼女の子供は日本育ちで、彼女が日常会話でカタラン語を使うように心がけてはいても、なかなかカタラン語が身に付かないのが悩みのよう。帰国後すぐは我が家の子供たちの方がカタラン語を理解できていて彼は少しショックを受けていたようだが、この夏に一ヶ月ほどスペインに滞在して彼女の両親と生活し、一気に実力をつけてきた。いつも付き添う妻によると、今は我が家の子供の方が、分が悪いらしい。
我が家の子供の年齢構成は10歳、6歳、5歳で、それぞれの習得具合の差が興味深い。バルセロナにいるときは三人ともそれなりに授業も理解して、友達と意思の疎通ができていた。面白いのは、長女はカタラン語と日本語の対応関係がはっきり記憶できていたのに対して、次男は今話していたことの内容を日本語で聞かれるとほとんど説明が出来なかったこと。なるほどなー、彼の中では日本語の世界と切り離されてカタラン語の世界があるんだ、と納得したことを覚えている。おそらく基本となる語学力が未熟な状態では、人はその世界そのものとの対応関係で言葉を習得していくのだけど、その環境が失われてしまうと日本語との対応関係で記憶を辿ることもできずに、急速にその記憶が失われていくのではないか。
今でも長女が一番カタラン語を話せるが、6歳の長男はかなり記憶が薄れつつあって、5歳の次男はすっかり忘却の彼方。昨晩、酒の席ををご一緒した五十嵐太郎さんも、5歳まで住んだパリで学んだフランス語は、帰国して完全に忘れてしまった、と話されていた。子供をバイリンガルに育てるなら、日本語がしっかり話せる年齢以降での海外生活、というのが我が家の教訓。