国会議員@静原

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色々あって長引いていた事務所の工事もようやく一段落。事務所の荷物一式も無事に引っ越しが完了しました(といっても二階から一階に引っ越しただけですが)。二階に比べるとすいぶん広々としたので、色々と使い勝手もよくなり、仕事もはかどるはず、です。事務所からは前と変わらず隣家の瓦屋根や山々が見えています。

年末にかけて、工務店やメーカーがお休みに入ってしまう前に、年始の見積もりや相談の依頼を打診。工務店は来年の仕事の受注状況によってなのか、来年また連絡してくれ、とけんもほろろの扱いをされるところもあれば、丁寧に応対してくれるところもあり、差が大きい。これは見積もりの金額にも大きく反映するだろうなあ。

20日は山崎井口夫妻のお誘いで浄土寺の鳥料理屋で忘年会。六甲山コンペファイナリストの前田茂樹さんには初対面ながら、コンペの審査の経過や、所属のドミニク・ペロー事務所の様子など色々と興味深い話をうかがう。盛り上がって、学生のようにスナックやお酒を買い込んで山崎邸にて二次会となり、前田さんと一緒に山崎邸泊。

23日は午後に京都の住宅の打ち合わせ。概算見積もりは妥当なところに収まったものの、その後の追加設備や仕様変更での予算の増加がちょっと心配。その後、御池通の家具屋さんで購入予定のソファの生地選び。ここしばらくの円高で、高価な外国家具もずいぶん割引がされている。やっぱり、高価な家具の座り心地は高いだけのことはあるわあ。我が家の家具はほとんど現場で処分されそうになった貰い物か、拾いものなので、比べるまでもないのだが。

その夜は神楽岡工作公司の忘年会@ラトナカフェ。先日とうってかわって職人率の高い忘年会だが、最近皆さんベビーブームで会場の片隅は託児所状態。その後、二次会への移動の途中で帰国以来初めて「たかはし」に寄って色々と近況報告をする。高橋さんもお子さんが生まれたそうで、ずっと一緒にお店に立っておられた奥さんも、今は育児に専念中とのこと。おめでたい話をたくさん聞かせてもらった忘年会でした。

27日は中山英之さんのお声かけで京都精華大学の設計課題にゲストジュリーとして参加させてもらう。准教授の片木孝治さん、非常勤講師の馬場徹、河内一泰、永山祐子さんに、ゲストの中山さん、岡田栄造、山崎泰寛さん。実は、大学の設計演習に参加するなんて大学を出て以来のこと。わずか数名の学生の課題のためにこれだけの人数と経歴のジュリーが講評するなんて、私立大学の学生は恵まれている。中山さんの案に対する理解の早さとその可能性や問題を指摘する言葉の的確さに舌を巻く。その後、三条にて打ち上げ。

28日は一昨年に瓦の葺き替え工事の管理をした、大和郡山の民家へ残りの工事のスケジュールについて打ち合わせ。大和郡山、同じ関西だが愛知の現場へ行くのと同じくらい時間がかかる。来夏に葺き替え工事を行うことになる。大和郡山の市内での有数の立派な民家。屋根さえきちんと修理してやればあと半世紀は延命できるだろうから、なんとかその手助けをしたいと考えている。

相変わらず、大和郡山の旧市街地は朽ち果てつつある古い家が多く、商店も元気が無い。一方で郊外にはどこでも同じイオンの大型店舗が何店も出店してきている。こうした大型店舗ができれば、既存の市街地の商店街がどうなるかわかりきっているのに、日本の行政はそれを止められない。国政同様、地方行政の無策ぶりには目を覆いたくなる。

29日は、永山祐子さんと川崎仁美さんが静原にご来訪。新事務所をご案内して、夕方になって事務所も冷え込んできたので、そのまま薪ストーブの前に移動。我が家の夕食にご一緒してもらいながら、永山さんの仕事のことや事務所の様子、川崎さんのプラハでの個展のこと、そのたもろもろの四方山話を。

30日は、家の玄関になんと前民主党党首の前原誠司さんが立っていた。どうやら静原の家一軒一軒を挨拶回りをされているらしい。形ばかりの挨拶だけでなく、(政治家によくありがちな)相手かまわず一方的にしゃべり倒すのでもなく、我々がスペインでの生活を経てこちらに移り住んだことを聞いて会話を広げるなど、相手に応じたコミュニケーション能力の高い方だなあ、という印象を受ける。政治家としてそれが強みなのか弱みになるのか、よくわからないが。今回は世間話に終始してしまったが、来年も機会があれば一建築家として日本の文化行政に意見を述べてみようかな。

おかげさまで静原に移転してからも、色んな方に会う機会に恵まれて、建築をつくっていくために必要な色々な刺激をもらっています。こんな気まぐれな日記を読んで頂ける皆さんにも、我々にとっても、来年がいい年になりますように。

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1 コメント

  1. いなと

    いよいよ、来年は静原体勢も整い、本格始動ですね。楽しみにしています。

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