タデラクトについて@マラケシュ

マラケシュの「タデラクトtadelakt」という左官仕上げについて、現地マラケシュよりレポートします。(ちなみに私の事務所の設計した「 Shelf-pod」の浴室の床と壁では、このタデラクトを使っています。また、六甲山に設置されたバードハウス「Tadelakt Flower」でも、仕上げにタデラクトを使っています。 )美しい艶があるのと、丈夫なことから、本場モロッコではとにかく、いろんな場所に使われています。まずは写真から。(詳しい施工方法はこちら

マラケシュ旧市街を取り囲む城壁の門の壁に使われているタデラクト。

リヤドと呼ばれる中庭式の住居の廊下に塗られたタデラクト。

住宅の床と壁に塗られたタデラクト。

タデラクトの洗面シンク。

タデラクトの浴槽。

タデラクトで天板を仕上げたカフェのテーブル。

タデラクトを塗って仕上げた素焼きの壷や灰皿。顔料を使って、いろんな色彩の仕上げが施される。
タデラクト施工法について詳しく解説する前に、タデラクトという左官仕上げについての一般的な解説をしておきます。それと、この左官仕上げに出会って、自分がどこに興味を感じているのか、ということも。
タデラクトは、モロッコのマラケシュを中心とする地域に伝統的に伝わる左官仕上げの工法で、消石灰を材料とする漆喰(しっくい)仕上げの一種ですが、石で磨くというユニークな工法に加えて光沢のある美しい質感、床や浴槽に使うことも可能な耐久性など、日本の従来の左官仕上げには見られない優れた性質があります。タデラクトとはモロッコの遊牧民ベルベル族の言葉「タ」(方法・仕事)と「デラクト」(磨く)に由来しています。
材料の消石灰は、日本の漆喰などに一般的に使われる二酸化炭素と結合して硬化する「気硬性石灰」ではなく、水を加えることで消石灰自体に含まれる不純物と結合して硬化する「水硬性石灰」です。つまり日本の石灰岩には不純物が少ないからこそ、水硬性がないのだといえます。水硬性石灰の研究は1755年にイギリス人土木技術者スミートンによってはじまり、その後のポルトランドセメントの発明につながりますが、それ以前から粘土分を含んだ石灰石からつくられた消石灰が水硬性の性質を持つことは知られていました(この天然の水硬性石灰はNHLと呼ばれます(Natural Hydraulic Lime))。また、イタリアのポンペイの遺跡のように消石灰に火山灰を加えて、それらに含まれるアルミナなどの不純物によって同様の効果を得ることも行われています(この硬化のプロセスをポゾラン反応といいます)。
水硬性石灰は日本ではあまり馴染みのない材料ですが、ポゾラン反応を利用した工法ということでいえば、日本では深草砂利や三河サバ土などを加えてつくる「タタキ工法」がそれに当たります。このように水硬性石灰は、ポルトランドセメントが発明される以前から多くの歴史的建造物に使われて来た強固な建築材料です。
マラケシュで生産されるタデラクト石灰の優れた点は、水硬性石灰の性質に加えて、石灰自体に含まれる不純物が適度な粒度分布を保っているために骨材を加える手間がなく、さらに仕上げ時に自然に美しい艶が生まれることです。これは他地域の石灰にはない性質で、マラケシュでとれた石灰石を焼成してえられたものだけが持つ性質だといいます。また水硬性石灰の本来の耐久性に加え、焼成時にナツメヤシの枝を燃料とすることで石灰に油分を含ませ、さらに仕上げ時にオリーブ油石鹸を塗布することで得られる優れた耐水性、撥水性があげられます。
私がマラケシュ漆喰、タデラクトに興味を持つ理由は、ひとつはその耐久性によって、今までは左官工事には不向きだと思われてきた建築の部位にも左官仕上げを使う可能性か広がることにあります。モロッコやフランスを中心とするヨーロッパの一部の人々の間では、このタデラクトという素材、技術の再評価によって、バスタブや洗面所などをはじめ、住宅のあらゆる場所にタデラクト仕上げが使われています。
そうした実際的な理由に加えて、もうひとつの大きな理由があります。それは、石を使って仕上げるという工法は、人間が道具として鉄器を使いはじめる前の、古い時代の技術の名残をとどめていると思うからです。エジプトのツタンカーメン王の墓の壁画も、当時鉄の道具がなかったことを考えると、その下地の漆喰(しっくい)壁は石で磨いて仕上げたはずです。

人間の創るものは使う道具によってそのデザインを規定されてしまいがちです。たとえば現代の左官道具は平らな壁を早く正確に仕上げるために進歩してきているので、曲面のとくに凹んだ壁面が相手となると、全く歯が立たなくなります。そして、曲面の壁を塗ることを避けるようになっていき、そうした技術の伝承も途絶えてしまいます。道具や技術が進歩するということは、同時に多くの可能性を失うことでもあるのです。
遥か昔の技術には、我々が現代にいたるまでに知らず知らずのうちに失ってきた、さまざまな可能性の「芽」を見ることができます。それはもちろん、我々の価値観を問い直すことにもつながっています(現代の左官職人の価値観でいえば、壁に凹凸があってはいけない、色むらがあってはいけない、など)。こうした技術を知ることを通じて、現代の文明がその進歩の過程でふるい落としてきた、未知の空間を創造するきっかけを見つけられたらと思っています。

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4 Comments

  1. ラトナ

    古くからの技術を大切にしているなんて、素晴らしいですね。
    イスラム社会の頑固な一面を垣間見る思いです。
    モロッコはいい面、悪い面を含めて奥が深そうですね。
    それにしてもカメラ、残念!
    やられちゃったね!
    僕もインドでやられた事あるけど、怒る相手がいないのがまた腹立つ。
    まあ、命を取られなくてよかったというところで…。

  2. 日本には無い凹凸のテクニックに新鮮な想いを感じています明日から、床へタデラクトを施工します、私のブログに載せますので見てください。ところで来年の何月までスペインに居るのですか2月にスペインに行く予定となりました。現地で会えたら嬉しいですが?

  3. 漆喰づくり勉強中の若輩者です。
    タデラクトについて調べておりまして、書かれてから時間の経ったこの日記にたどり着きました。
    詳細に説明いただき、大変勉強になりました。
    他の日記も拝見させていただき、さらに学ばせていただきます。
    また、弊ブログにてタラデクトの説明として
    リンクを貼らせていただきました。
    ご容赦ください。

  4. もりかず

    のぶヒろぐさん、コメントありがとうございます。
    ここでの情報がお役にたてば嬉しいです。

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